大阪城天守閣の横に旧第四師団司令部庁舎があります。
昭和6年(1931年)三月に司令部庁舎が竣工、この年の11月に大阪城天守閣が復興されました。
司令部庁舎の外観の特徴は、中央に塔屋を配した左右対称の姿で、全長95mほどの風格のある建築で、屋上付近には、半円アーチを繰り返した装飾帯(ロンバルディア・バンド)、建物全体や塔屋の隅にはタレットと呼ばれるスクラッチタイルが貼られ、西洋の古城のような雰囲気に一役かっています。
司令部庁舎は、戦後約3年間進駐軍に接取され、解除後は大阪市警視庁や大阪府警が庁舎として利用しました。その後、昭和35年(1960年)12月から大阪市立博物館として使われ、平成13年(2001年)に閉館するまで、40年も博物館として利用されました。
今回、大阪城天守閣復興80周年記念として、旧博物館の一部が開放されましたので、見学に行ってきました。
80年の風雪に耐えた建物ですが、重厚な外観は今なおレトロな味わいで復活しそうな感じがします。
(建物の解説は、大阪城天守閣復興八十周年記念より抜粋しました)


2011 年 11 月 21 日
旧大阪市立博物館
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コメント (0)2011 年 11 月 18 日
もんてこい
2011年11月6日旭区民センターで「もんてこい丹生谷 那賀町祭&中野建吉写真展in大阪」が開催されました。
那賀町は、徳島県にあり695平方キロメートルの広大な土地に、人口10,103人、高齢化率39.86%の町です。
このイベントとの出会いは、荘田智彦さんが3年前から関わりを持って、2009年に東京の品川、2010年は那賀町、そして今年は大阪で開催されるという話を聞いて、一緒に会場へ行って参加することになりました。
那賀町では、都会に出た息子や娘が、なかなかふるさとに帰ることができないという言葉から、じゃ行ってみようということがきっかけで、那賀町からおじいちゃん・おばあちゃん・おいしいごちそう・おもてなしというふるさとをもっていくことから始まったようです。
「もんてこい」は、戻って来い、帰っておいでという言葉です。例えば、1年に1回ふるさとに帰って、家族と会うことは当たり前のように思っていたのですが、お年寄り側からが感じるのは、あと3回しか会えない、5回も会えるかなという思いがでてきて、だったら元気なうちに、東京や大阪へ行ってふるさとを感じてもらおうと、町をあげてとりくんでいると聞きました。
荘田さんとの出会いがなければ、このイベントに参加することや、旭区で開催されていることすら知らなかったと思うと、おいしいごちそうをいただき、立派なミュージカルを見ることができて、感動しました。
町おこし、村おこしのとりくみは数多くされていますが、このイベント(?)は、保健師さんの発案だと映像で知り、今とりくんでいる「公衆衛生」の方向性を教えてもらったような気がしました。

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コメント (0)2011 年 11 月 13 日
公衆衛生を考えるワークショップ 1
2011年11月5日(土)に、大阪市にあるヴィアーレ大阪で開催しました。
2011年7月に大都市共闘衛生部会の保健衛生、衛生公害、地研の3分野の分科会で「公衆衛生」について改めて考えてみようというテーマが出ると、各都市の役員から次々と「考えてみよう」「行動に移してみよう」と、熱い思いがあふれた会議になりました。
それぞれの日常の業務や支部の活動などがあるなかで、集中した議論と進め方などが熟していませんが、9月に横浜で役員による進め方の整理を行い、11月に大阪で「公衆衛生を考えるワークショップ」という現場の組合員も参加していただいた取り組みを始めました。
1994年保健所法が改正され地域保健法と改称、1997年施行以降、公衆衛生の分野も大きな医療制度改革の流れに飲み込まれ、健康増進法や介護保険法などの導入や老人保健法の廃止に伴う特定検診の導入という施策に対して、「十分な対応ができていなかったのではないか。」「やり残した感じがある。」と反省するところからのスタートです。
大都市共闘の仲間とジャーナリストの荘田智彦さんにも加わっていただき、反省して終わるんじゃなくて、次の運動や活動について考えていこうとしています。
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コメント (0)2011 年 10 月 19 日
宮城県塩竃
2011年10月14日から15日に、宮城県塩竃・鳴子温泉、岩手県平泉に行ってきました。
分支連で例年、一泊幹事会を開催しています。今年度の場所を検討していると、東北に行くべきだと話がまとまりました。
決定してから、開催日まであまり時間がなく、行楽シーズンとも重なって、東北での交通の要所の仙台を中心に、被災地の復興などに寄与できる場所で幹事会を開催し、被災地を現地の旅行者の案内で見学をしました。
3月11日から7ヶ月が過ぎました。被災地の復興、復旧は日を追うごとに進んでいると思われるのですが、なにせ未曾有の被害でもあるため、訪れた塩竃では、フェリー乗り場は営業しているのですが、岸壁やレストハウスなどこれからも補修が必要だなというところが見えます。
いろいろと思いをはせるより、東北へ行くことも復興、復旧を支えることになると思います。
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コメント (0)2011 年 10 月 9 日
Myおべんとう選手権
2011年10月8日に大阪城ホール・城見ホールを中心に、大阪ヘルスジャンボリー2011が開催されました。
支部は、Myおべんとう選手権というイベントで参加をしました。
Myおべんとう選手権は、8月から募集をはじめました。当初、集まり具合が良くなくて、やきもきしましたが、募集期間の後半には多くのエントリーをいただき、Myおべんとう選手権を開催することができました。
選手権は、大阪ヘルスジャンボリーの会場で、来場者の方に投票をしていただき、投票結果を発表するものです。会場での投票総数はなんと316件も投票をしていただきました。
初めて開催することもあって、右往左往しましたが、ヴィアーレ大阪さん、カゴメ㈱大阪支店さん、海・空・太陽さんの協力を得て、募集・選抜・投票・発表と選手権を無事に成功することができました。
投票していただいた方、ヘルスジャンボリーのスタッフの方々にも、とても親切に協力をいただきました。
この選手権は、おべんとうの優劣を競うことを目標にしているのではなく、食べること・作ることを通じて、食生活の改善など健康づくりのことを、改めて考えていただければと思って、開催させていただいております。
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コメント (0)2011 年 9 月 28 日
フェルメールからのラブレター展
京都市立美術館でフェルメールからのラブレター展が開催されています。

普段の感覚からすると、なかなか美術鑑賞というジャンルを体験することがないので、新鮮な気分で行ってきました。
驚いたのは、平日の昼過ぎにもかかわらず、入館まで30分、館内で10分待ちという大盛況だったことです。
さてと、ここは、気分を楽しむことも含めて待つことにしました。
フェルメールからの贈り物は、「手紙を書く女」「手紙を書く女と召使い」「手紙を読む着衣の女」の3作品です。
美術館では、17世紀のオランダ絵画から読み解く人々のメッセージとして4つのゾーンに魅力的な絵画を紹介して、現在では書くことの少なくなった「手紙」を通じたコミュニケーションを想像させてくれています。
ヨハネス・フェルメールの3作品と出会う感動を味わってください。
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コメント (0)2011 年 9 月 22 日
大阪あそ歩(おおさかあそぼ)
2011年9月20日に大阪あそ歩「一万人目記念特別コース」に参加しました。
大阪あそ歩には、「まち歩き」と「まち遊び」があります。参加した「まち歩き」は大阪のまちを歩いて、そのまちの歴史やそのまちの人々と出会いを楽しむものです。という大きなイベントとして定着しています。
まち歩きは、ボランティアの方々がまちを案内してくれて、その街並みや名所旧跡などを解説もしてくれます。お得感が一杯です。
「一万人目記念特別コース」は、大阪府立中之島図書館、淀屋跡、帝国座跡、適塾、本吉兆、大阪証券取引所、大阪市中央公会堂をめぐります。ゆっくり歩いて、そのポイントでその時代に戻った解説を聴いて、約2時間30分のタイムスリップできる旅をしてきました。
その中にある帝国座跡は、よく知らなかったのですが、オッペケペー節で名高い舞台俳優の川上音二郎さんが建設した劇場で、北浜4丁目、住友信託銀行南館前にあったそうです。 明治43年に開場、建物は昭和40年代まであったと聞きました。
帝国座跡の碑は、見逃しそうになりますが、オッペケペー節という言葉を何10年ぶりかで聴きました。
写真は、帝国座跡の碑、都会の中にこんな場所と思う適塾など、タイムスリップできる逸品です。
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コメント (0)2011 年 9 月 19 日
東日本大震災復興応援チャリティーフェスティバル~絆~
2011年9月17・18日大阪城野外音楽堂において、開催されました。
被災地の思いを届けようと、世代を超えてジャンルを超えて関西のミュージシャンが結集されたイベントです。
17日は、参加できませんでしたが、雨の中でも開催し熱気と感動があったと聞きました。
18日は、打って変わって、晴。野外なので、日陰もない状態で、こちらのほうも厳しい会場になっていました。
ミュージシャンは、さすがにライブで聞く迫力があり、楽しむことができました。多くの方が参加されていましたが、お目当ては柏原芳恵さんでした。
若い執行委員の子に聞くと、「知りません。」というので、ん?そんなにギャップがあるのかと、世代間の差は大きいようですが、こういうイベントは自分が楽しむのが一番です。
イベントの中では、平松市長も応援にこられ、大阪市の東日本題震災でのとりくみなどをわかりやすく説明いただきました。
また、被災地より岩手県釜石市からメッセージがあり、まだまだ復興にいたるまで、時間がかかることを聞きました。
被災地紹介ブースもあり、南部せんべい、伊達太鼓、喜多方ラーメンを買いました。
柏原芳恵さんの昔で言う追っかけの方も来ていて、続けていることが頑張るっていうことだなと、変な?ヒントをもらったフェスティバルでした。
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コメント (0)自治労大都市共闘衛生部会
2011年9月16日、17日と横浜市において衛生部会の学習会が開催されました。
16日は、「チェルノブイリとフクシマ~放射能汚染と被爆の影響を考える~」というショッキングなテーマの講演です。
講師の振津かつみさんは、臨床医として正解の被爆者問題に関心を寄せ、チェルノブイリ原発事故被災者支援などボランティア活動をされています。
続いて、自治労衛生医療評議会事務局長の鈴木さんから「保健・医療を取り巻く情勢」を東日本大震災を軸に講演をいただきました。
17日は、保健衛生・衛生公害の保健の分野での学習会を開催しました。
この時期に「公衆衛生」という軸で大都市の情勢を確認することをしたいと、7月の仙台で行われた幹事会で議論がありました。
そのために各都市における現時点での「なぜ公衆衛生という言葉を持って、過去にさかのぼり、未来につなごうとするのか」という簡単な調査を行いました。
その調査を行って、各都市で情勢を認識するだけでは、何も進まないので、自治労衛生医療評議会でご協力いただいているジャーナリストの荘田智彦さんに白羽の矢を立て、こういう課題と、こういう思いをもって、50代後半のおじさんたちが次のステップを夢見ているので、次のステップにつなげていくアドバイスをいただきたいと、面識もないのにお願いしました。
16・17日と多くの話をする中で、はじめの一歩的な形でスタートをして、この時点での公衆衛生のあり方を議論しようと、久しぶりに琴線にふれ、議論ばかりしていました。
これから議論をして積み上げた活動の進む道が、道をして残ってくれればいいなというのが、ぼく自身の思いです。
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コメント (0)大阪市職第66回年次大会
2011年9月10日エルおおさかにあるエルシアターで開催されました。経過・議案とも順調に審議され、2011年度の方針が確定しました。
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